京都地方裁判所 昭和39年(ワ)729号 判決 1969年1月17日
三洋商事こと・三戸善雄こと
原告
三戸国雄
代理人
上田信雄
被告
トヨタパブリカ京都株式会社
代理人
松田光治
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 原告の申立
一 本位的請求の趣旨
(1) 被告は原告に対し金一、〇七七、三一六円およびこれに対する昭和三九年七月三一日より右完済に至るまで年六分の割合による金員の支払いをせよ。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。との判決並びに仮執行の宣言を求める。
二 予備的請求の趣旨
(1) 被告は原告に対し金五三八、六五八円およびこれに対する昭和三九年七月三一日より完済に至るまで年六分の割合による金員の支払いをせよ。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。との判決並びに仮執行の宣言を求める。
第二 被告の申立
主文第一、二項と同旨の判決並びに仮執行免脱の宣言を求める。
第三 原告の主張
一 本位的請求の原因
(1) 原告は宅地建物取引業者である。
(2) 原告は昭和三八年一〇月被告より訴外鈴木正義を通じて被告会社の北営業所設置用地として、予算金三、〇〇〇万円から金四、〇〇〇万円位、広さ二〇〇坪程度の土地の購入斡旋方の依頼を受けた。
(3) その後原告は、右訴外人の紹介で被告会社において、被告販売部長大原敏一および被告販売部次長大橋に面会し、被告の意図に協力を約し、名刺交換をして別れ、その後二、三の物件を訴外鈴木正義を通じ、或は、直接電話で被告に連絡したが容易に被告の希望する適当な土地は見付からなかつた。
(4) 原告は昭和三八年一二月二九日被告の希望に添うと思われる京都市北区紫竹下本町五四番地等の土地(以下本件土地という)を発見し、近隣の人に尋ねてその所有者が訴外細川馨の妻細川まさであることを知り、同人と会見して「売つてもよい」との言質をとり、更に広さは四筆合計二七九坪八合一勺で、売値は一坪金一五万円であり、所有者名義は、便宜上訴外中谷善太郎(同区小山初音町二〇番地)となつていること等を聴取し、昭和三九年一月早々訴外鈴木正義を介して被告に右の旨を伝え、更に、同年一月一〇日訴外細川まさを訪ねて価格の引下げを交渉し、その結果、一坪金一二万円総額金三三、五七七、二〇〇円にすることを承諾させ、その旨を訴外鈴木正義を通じて被告に伝達した。
(5) 原告は昭和三九年一月一三日訴外鈴木正義をして、被告に対し、右土地の所在地を記載した図面を交付させ、適地であることを力説させた。原告はその後日を経ずして被告に対し、一度現地を見分されたい旨申入れたところ、被告販売部長大原敏一は、原告に対し所在地はよく知つているが何分にも北方に寄り過ぎているため不適当であるから、北大路まで位の処で探して貰いたいと断つた。
(6) ところが被告は、原告を排除して他の宅地建物取引業者訴外木原鉄太郎、訴外加藤勲、訴外大槻史郎の三名の仲介で訴外中谷善太郎から、昭和三九年三月前記土地二七九坪八合一勺を代金三三、五七七、二〇〇円で買受けた。
(7) 原告の仲介によつて右売買が成立したとき、原告は、被告に対し金一、〇七七、三一六円の報酬請求権を有するものである。
(8) 被告は、原告に対し、土地買受斡旋を依頼し、原告をして前記土地を発見させ、その持主をして売渡しの決意をなさしめ、かつその価格の決定をなさしめておきながら故意に原告を排除し、他の業者を通じて同一物件を買受け原告の前記報酬請求権の発生条件の成就を妨げたものであるから、原告は昭和三九年七月三〇日被告に送還された本件訴状副本で被告に対し右条件を成就したものとみなす旨の意思表示をした。よつて原告は被告に対し前記同額の報酬金の請求権を有するものである。
(9) よつて、原告は被告に対し右金一、〇七七、三一六円およびこれに対する本件訴状副本が被告に送還された日の翌日である昭和三九年七月三一日より完済に至るまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二、予備的請求の原因(右本位的請求が理由ないとしても)
(1) 原告は、前記のとおり、被告が買受けた土地を発見確定し、その持主をして売渡しの決意をなさしめ、かつその価格の決定をもなさしめ、被告にこれを通知し、被告の右売買成立について必須且つ重要な契機を与えたものであり、被告の原告に対する土地買受委託解除には、原告に何ら責に帰すべき事由なく、宅地建物取引業者は一般的に、契約の成立までは義務づけられていないのであるから、被告は、本件土地買受けについて、原告のなした前記寄与に対して相当の報酬を支払うことを要し、その額は、前記報酬額の半額金五三八、六五八円をもつて相当とする。
(2) よつて原告は、被告に対し右金五三八、六五八円およびこれに対する本件訴状副本が被告に送還された日の翌日である昭和三九年七月三一日より完済に至るまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
三、被告主張の抗弁に対する答弁
(1) 右抗弁(1)の事実は認める。
(2) 同(2)の事実中、本件土地の売買が被告主張の三名の仲介によつて成立したことは認めるが、その余の点は否認する。
(3) 同(3)の事実は否認する。
第四、被告の主張
一 原告主張の本位的請求の原因に対する答弁
(1) 右請求の原因(1)の事実は不知
(2) 同(2)の事実は否認する。
(3) 同(3)の事実は認める。
(4) 同(4)の事実中本件土地二七九坪八合一勺の登記簿上の所有名義人が訴外中谷善太郎であつたことは認めるがその余の点は否認する。
(5) 同(5)の事実中訴外鈴木正義が右土地の所在地を記載した図面を被告に交付したこと、被告販売部長大原敏一が、原告に対し、右土地は北方に寄り過ぎているため不適当であるとして断つたことは認めるが、その余の点は否認する。
(6) 同(6)の事実中、被告が原告主張の宅地建物取引業者三名の仲介で、訴外中谷善太郎から本件土地を買受けたことは認めるがその余の点は否認する。
(7) 同(7)および(8)の各事実は、いずれも否認する。
(8) 被告は、その北営業所新設のため、その用地を昭和三八年秋から物色することとなり、被告会社に出入していた人々に適地推薦方を依頼した、訴外鈴木正義もその中の一人である。
(9) 訴外鈴木正義が持参した図面表示の本件土地は、北方に片寄り過ぎており不適当であつたから、被告販売部長は、原告に対しこれを断つた。
(10) 被告は原告に対し右土地の買受仲介方を直接或は間接に依頼したことはない。
(11) 昭和三九年二月頃からは、用地買収業務は、すべて被告においてはその総務部が取扱うこととなり、その総務部長岡本嘉一郎は訴外木野鉄太郎に、前記用地買受斡旋方を依頼し、右訴外人は、訴外加藤勲とともに、その業務に当り、昭和三九年二月二五日京都市北区紫竹下本町五四番地宅地一五四坪、同町五五番地の二宅地三二坪五合五勺、同町五五番地の三宅地六二坪二合六勺、および同町五五番地の五宅地三一坪(本件土地)計二七九坪八合一勺の土地について被告はその所有名義人中谷善太郎との間に買主側仲介人木野鉄太郎、同加藤勲、売主側仲介人大槻史郎が立会人となつて代金三、一六〇万円所有権移転および取引期日昭和三九年三月三一日とする売買契約を締結し、即日訴外中谷善太郎に対し手附金五〇〇万円を支払つた。
被告は昭和三九年三月二六日、訴外中谷善太郎に対し右残金二、六六〇万円を支払い翌二七日その所有権移転登記を受けたものである。
よつて原告の本位的請求は失当である。
二 原告主張の予備的請求原因に対する答弁
(1) 同(1)の事実中、本件土地の存在を最初に被告に告知したものが原告であつたことは認めるがその余の点は否認する。
三 抗弁(仮りに、被告が原告に対し本件土地の買受方仲介を依頼したものとしても)
(1) 被告は、昭和三九年一月頃原告に対し訴外鈴木が持参した図面の土地は不適当であるとして断つた。
(2) よつて被告の原告に対する仲介委託は右により解除された。
(3) その後、被告は前記のとおり買主である被告側は訴外木野鉄太郎、訴外加藤勲、売主側は訴外大槻史郎の仲介で売買が成立したもので、原告の斡旋が機縁となつて右売買が成立したものではない。
(4) 仮りに、右解除が認められないとしても、売主側は訴外大槻史郎のみに、その売渡方を委託し、その他の者には委託しないのであるから、右訴外人と交渉しなければ、前記売買は成立しないのに、原告は右訴外人と何ら交渉していないのである。原告は、単に物件を最初に被告に告知したに止まり、それ以上の寄与はしていないのであるから、原告に本件報酬請求権はない。
第五、証拠関係<省略>
理由
一、原告主張の本位的請求原因(3)の事実、および京都市北区紫竹下本町五四番地等の本件土地二七九坪八合一勺の登記簿上の所有名義人が訴外中谷善太郎であつたこと、訴外鈴木正義が右土地の所在地を記載した図面を被告に交付したこと、被告販売部長大原敏一が、原告に対し、右土地は、北方に寄り過ぎているため不適当であるとして断つたこと、被告が宅地建物取引業者である訴外木野鉄太郎、訴外加藤勲、訴外大槻史郎の三名の仲介で右土地を買受けたこと、右土地を最初に被告に知らせたものが原告であることは、いずれも当事者間に争がない。
二、右争のない事実に、<証拠>を総合すれば、次のことが認められる。
原告は昭和三六年頃以降宅地建物取引を営業としているものであるところ、訴外鈴木正義から昭和三八年一二月上旬頃被告がその北営業所建設用地を探している旨を聞かされたので右訴外人に対し、原告を被告に紹介方依頼したこと、そこで右訴外人は原告を同年同月二四日被告の大原敏一販売部長、および同大橋販売部次長に紹介し、被告は、その席上、右大原および大橋をして原告に対し、被告の北営業所建設用地として、京都市内の堀川通り或は烏丸通りの北部で北大路辺以南に位置し、広さは約三〇〇坪位、代金三、〇〇〇万円前後の土地買受斡旋方を依頼したこと、原告は右依頼に基づいて、被告の希望する土地の発見に努めるうち、同年同月二九日頃、北大路通りより稍北部に位置するが被告の希望地域内と思われる京都市北区紫竹下本町五四番地等の本件土地が空地であることを発見し、その近隣で、その所有者は訴外中谷某であるが、同訴外人はその処分権限を訴外細川馨に授与していることを聞き、即日訴外細川馨の妻に面会して、同女より一坪金一五万円位なら売却の意思あることを確め、昭和三九年一月六日頃訴外鈴木正義を通じて被告に対し、右の旨を伝えたこと、原告は昭和三九年一月一〇日頃再び訴外細川馨の妻に面会して、本件土地の売値を一坪金一三万円と承諾させ、調査の結果右土地の広さは約二六〇坪であることを知り、昭和三九年一月一三日訴外鈴木正義をして、右土地の所在地を示す図面二通(乙第四号証の一、二)を作成させてこれを被告に交付させ、併せて右土地の広さは約二六〇坪にして価格は金一三万円である旨を被告に伝えさせたこと、これに対し、被告は、その販売部長大原敏一をしてその頃原告に対し本件土地は北方に寄り過ぎているため不適当であるとして断らしめたこと、被告はこれより先同年同月一〇日頃、その総務部長岡本嘉一郎をして宅地建物取引業者である訴外木野鉄太郎に対し、被告の北営業所建設用地の買受斡旋方を依頼させたこと、そこで訴外木野鉄太郎は、本件土地の存在を被告とは無関係に被告に通知したところ、被告は、右土地は北に寄り過ぎているため不適当であるとして一旦は断つたけれども、同年二月上旬右土地を見分した結果、これを買受けることにし、原告の前記通知とは関係なく、右訴外人および同訴外人に右土地の存在を知らせた宅地建物取引業者訴外加藤勲、売主側の宅地建物取引業者訴外大槻史郎の三名の仲介により右土地の所有者中谷善太郎から昭和三九年二月二五日右土地二七九坪八合一勺を代金三、一六〇万円で買受けたこと、本件土地の存在を最初に被告に告知したものは原告であること、本件土地は名実共に訴外中谷善太郎の所有であつたが、同訴外人は、これを処分する権限を訴外細川馨夫妻に授与していたこと、および訴外細川馨夫妻は訴外大槻史郎の仲介でなくては、本件土地を売却しなかつたこと<証拠判断省略>
三、右認定事実によれば、被告は昭和三八年一二月二四日原告に対し、被告北営業所建設用地の買受斡旋方の依頼をしたものということはできる。
四、然しながら、依頼者が宅地建物取引業者に対し買受物件の斡旋を依頼した場合、該業者が依頼者に対し、物件の存在を告知する行為は仲介契約申込みの誘引行為をしたに過ぎず、依頼者が、これを不適当として断つたときは依頼者と業者との間では右物件に対する仲介契約は成立しなかつたものといわなければならない。これを本件についてみるに、原告は、「原告が被告の斡旋方依頼に応じて本件土地を発見し、その存在、所有者、価格等を被告に通知したところ、被告は右土地が不適当であるとして断つた」と主張するのであるから、右主張自体よりしても原告と被告との間に本件土地に対する仲介契約は成立しなかつたものといわなければならず、本件土地について原告が被告から仲介方の委託を受けたことは原告の主張立証しないところである。
五、不動産売買の仲介を営業とするものは当然商人となり、前記認定事実によれば原告は宅地建物取引を営業とするものであるから、原告が被告のために、その北営業所建設用地として本件土地買受けについて仲介したときは、商法第五一二条によつて被告に対し相当の報酬を請求できるものといわなければならない。
六、然しながら、右報酬請求権は、原告と被告との間において、本件土地に対する明示的或は少くとも黙示的な仲介契約の存在を前提として始めて発生するものであると解すべきであるのに、原告と被告との間においては、右土地について仲介契約が存在したことは認められないので、自余の点について判断するまでもなく、原告の本位的請求は理由がない。
七、そこで原告主張の予備的請求について考えるに、
(1) 前記認定事実によれば原告は、被告からその北営業所建設用地の買受斡旋方の依頼を受け、右土地の発見に努め、被告が右建設用地として買受けた本件土地を発見してこれを被告に通知し、併せてその概略の広さ、価格、所有者、処分権限者を通知し、右土地を被告に通知したのは原告が最初であつたが、被告は右土地を訴外木野鉄太郎らの仲介で買受けたものである。右事実によれば、被告から依頼された原告の前記土地買受斡旋事務の処理は被告の右土地買受けにより履行不能に陥つたものということができる。
(2) また右事実によれば、原告は、相当の努力をしたことが窺われる。
(3) 原告をして右履行不能に陥らしめたことについて、原告に、その責に帰すべき理由があつたことを認めるに足る証拠はない。
(4) 然しながら、依頼者の宅地建物取引業者に対する斡旋依頼は民法第六五一条を準用して、いつでも解除することができるものと解すべきであるから、被告は原告をして前記用地買受斡旋事務を履行不能に陥らせる自由を有していたものということができる。
(5) 原告のなした前記努力は、所謂仲介契約の誘引行為として、特別の事情のない限り、宅地建物取引業者である原告自ら負担すべきものと解すべきであり、右特別事情の存在は認められない。
(6) 原告と被告との間に、被告が買受けた本件土地について仲介契約が成立していない以上民法第六四一条或は民法第六四八条第三項を準用する余地はないものと解すべきである。
(7) その上、前記(本判決理由第二項)認定事実によれば、原告のなした前記努力と被告の本件土地買受行為との間には直接的にも或は間接的にも因果関係の存在は認められない。
(8) よつて、自余の点について判断するまでもなく、原告の予備的請求も理由がない。
八、叙上の理由により、原告の本訴請求はすべて棄却するの外なく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。(常安政夫)